おいしいばあばが行く! 〜愛媛 みかん編〜

行って来ました 中島へ
有機栽培みかんのふるさと
かんきつ類とトライアスロンの島、中島

レモン畑でニワトリと  2002年11月末、中島みかん、いよかん、レモンのふるさとに生産者を訪ねてきました。

ここ中島は、愛媛県松山市から約15km沖合いに浮かび、山口県・広島県との県境に接する、6つの有人島と22の無人島からなる群島です。

中島でのみかん栽培の歴史は古く、明治6年に始まったそうです。

気候がかんきつ類に適した多照寡雨であることや、時代のニーズにあっていたことから、ほかの作物を生産していた農家もかんきつ農家となり、昭和初期には「中島みかん」はブランドとして特に京阪神を中心に有名になりました。

現在ではトライアスロンの島、としても有名です。

さんはその中でも最も大きな中島で、柑橘を作り続けています。

「昔はわたしも普通栽培農家でしたし、初めて農薬の空中散布を見たときは感動しましたよ。なんとすごいことを、と思いました。これで楽になる、とも。」

転機となったのは4歳のお嬢さんを亡くされたことだったそうです。

「親として何か間違っていたのだろうか、できることはなかったのだろうかと自問自答しました。」
    

悩んだ末にたどり着いたのが有機無農薬栽培でした。

ここで誰も取り組んでいなかった有機栽培に取り組んだとき、最初はだれも相手にしなかったそうです。「できるわけがないだろう」と。

結果は惨憺たるものでした。全く収穫の無かった年もありました。それだけでなく、見た目が悪く販売もできませんでした。

自ら販売ルートを作り、地道な努力を続けるうち、徐々に安定した生産が可能になりました。そのうち時代が追いついて、気がつけば時代は「有機」に。テレビ局の取材もたびたびやってくるようになりました。

「先代のこだわり屋(おいしいばあば)さんは、早かったですね。もう10年以上前ですよ。まだどうやって売ろうか、っていう頃から来て、この見た目の悪いのを買ってくれた。味が違う、とわかってくれました。先を見る目があったんですね。」と、しばらくは、先代の思い出話に花が咲きました。

はじめは周囲も半信半疑だったものの、さんの果物つくりの姿勢に共感し、同じ目標を持つようになったのが、中島ゆうきの里のメンバーです。

中島ゆうきの里のメンバーが目指すのは地域全体の循環型農業です。

すなわち、中島は海に囲まれた漁業の町でもありますが、海で獲れる小魚やそのあら、ひじき等の海藻類を、ニワトリのえさとして利用します。ニワトリの産むたまごを採り、フンは堆肥とする。

ニワトリは、卵を産まなくなってからも食肉としてしめたり、畑に放し、雑草や虫を食べてくれる。その畑で生産されるかんきつ類を収穫し、食べる。

都会では食べることに伴って多くの生ごみが発生し、その処理がまた問題となっていますが、ここではその間に生じる「ごみ」本当に少ないのです。

漁業も農業も互いにその生産物で支え合い、地域の自然を無駄なく利用するのです。

鶏舎に案内していただきました。

「通常肥育のブロイラーは、互いに怪我をしないようにくちばしの先を切ってしまうこともあるんですよ。狭い鶏舎に詰め込んで育てるからストレスが多く、攻撃的です。」

なるほどここのニワトリたちは優しい目をしています。つついてくることもありません。片隅に設けられた小屋の中ではメスが卵を抱いていました。

それにしても入ったときから気になっていたのですが、臭いません。ここが鶏舎です、と言われるまでその存在さえ気づきませんでした。

「それはここの土を大切にしているからです。土の中には微生物がたくさんいて、そのバランスが取れていればフンも盛んに分解します。

ニワトリも2〜3年育てたら廃鶏や放牧にします。普通の飼育方法では土を入れ替えながら育てるので大変な手間なんですが、ここでは土の入れ替えはしません。

ニワトリたちが出て空いた鶏舎のみ、土を取って貴重な肥料にするのです。それも土中の微生物のバランスを崩さないように表面から30cmくらいずつとります。」

今、さんは有機栽培レモンの栽培に力を入れています。レモンの有機栽培は難しく、周囲の人からは、「絶対できない」といわれたそうなのです。

レモンは特に病害虫に弱いんです。

でも、農薬を使うと、木は成長のエネルギーを農薬の影響を除くために使ってしまうのです。そして抵抗力が落ち、病害虫に侵される、悪循環に陥ってしまうんです。

被害がかなりひどい、と思っても来年の収穫を思ったら、農薬は使えません。そこで我慢するのが大変ですけれどね。

また、虫が来るからと、果樹の下草を刈ってしまうと却って木に来るんです。私のところではわざと下草を残しています。下草も下草に集まった虫もこれがまたニワトリのえさになります。」

そうやって育てたレモンが話題になり、さんはだんだん有名になっていきました。東京から訪ねてきて就農する若者も出てきています。後継者不足に悩む生産者が多い中、頼もしいことです。

「若い人も育てなければね。でも不思議なもので、この間まで私の育てていた畑をまかせ、すっかり教えても、同じ味にはなかなかならないんですよ。」・・でもとてもうれしそうですよ。

みかんの畑に連れて行っていただきました。

丘の上の畑からは海がきれいに見えます。

2002年の秋は、夏の干ばつがひびき、みかんの収穫量が激減しました。

「こだわり屋(おいしいばあば)さんのところには、うちの中でも特にこだわったおいしいのを出したかったんだけど、今年は何しろ収量が少なくて。葉がみんな丸まっているでしょう、水不足のせいです」 

ひとつみかんをもいで手渡してくださいました。皮をむいて口に含むと、みかんのさわやかな香り、甘い、でも酸っぱい!

「今年の(2002年)夏は日照りで、水が足りないので玉が大きくならないんです。例年なら、台風が来てたくさん雨を降らせるのに、1つも来なかったから。もともと小さな島で雨が少ないから飲み水の確保は課題だけれど、今年は作物に灌水する水はありません。

それに今年はかんきつは裏年に当たるので、例年の半分くらいしか収穫できそうにないです。

年明けに収穫のいよかん、レモンは、収穫量はみかんほど悪くないが、11月にはまだ青くなければいけないのに、今年はもう色づいてしまっています。

祈るような気持ちで雨を待っているのです。」

話を伺っていると後ろで「ツ・ツーイ」と声がしました。生き物の気配がしますが、姿は見えません。じっと待っていると濃いオリーブ色の葉の陰から、小さな目に白い縁取りがちらりとこちらを覗きました。

メジロです。

そこへヒヨドリが飛び込んで、メジロを追い払いました。

「やつらよく知っていて、うちの畑ばかり狙いよるんです。おいしいからね。鳥も生きていかねばならないし。愛鳥協会から表彰されてもいいくらい、食べさせてやってますよ、アハハハ」


  ・・・結局2002年は、12月以降徐々に雨が降り出したそうで、酸味も甘みも濃い仕上がりになりました。

  柑橘類全般に言えることですが、もし酸味を感じられたら、少しお待ちください。お手元に届いてから1週間から10日経つと、甘みもさらに乗ってきます。

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